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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)256号 判決 1984年11月28日

原告

甲野一郎

右法定代理人親権者父

甲野太郎

右同母

甲野花子

右訴訟代理人

木村吉治

大山良平

竹川幸子

被告

京阪奈都市開発株式会社

右代表者

福持通

右訴訟代理人

瀧本文也

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一大阪市立○○○小学校四年生であつた原告が昭和五六年九月一〇日午後六時ころ同市住之江区南港中四丁目二番近鉄南港ガーデンハイツ第二三号棟Ⅱの南側に所在する本件児童公園内に設置されていた本件ブランコで遊戯中転落して負傷したこと、本件ブランコが土地の工作物であり、被告が設置し、所有かつ占有しているものであることは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、本件ブランコは、座席部分を含む本体部分とこれをつるす支柱とからなり、本体部分は、それぞれ子どもが二人ずつ並んで腰掛けることのできる二個の座席が対面して設けられ、右両座席は、いずれも二本の金属製のつり棒によつて支柱につるされるとともに、下部において底板によつて連結されていること、そして、本件ブランコは、右座席部分に腰掛けるか又は右底板の上に立つて本体部分を前後に揺り動かして遊ぶための道具であること、右本体部分の重量は約四五キログラムであること、本件事故は、原告が小学校三、四年生の友人三名とともに本件ブランコで遊んでいた際、原告と友人二名とが本件ブランコの座席部分の背もたれ上端のパイプの上に足を掛けて立ち、右座席部分の二本のつり棒の上方に横に渡されたパイプを両手でつかみ、他の一名の友人が座つている座席部分を弾みをつけて強く振り動かしているうちに、その振幅が大きくなつたため、原告が足を掛けていた右背もたれ上端のパイプから足を滑らせ、右座席部分の二本のつり棒の上方の横パイプに両手でぶら下がつた格好となつたところへ、戻つてきた座席部分の背もたれ上端のパイプが原告の左大腿部に激突し、その衝突により、原告は、右横パイプをつかんでいた両手を離し、地上に転落し、発生したものであること、原告は、右事故により、左大腿骨骨折及び左膝挫創の傷害を負つたこと、右傷害のうち、左大腿骨骨折は、本件ブランコの座席部分の背もたれ上端のパイプが原告の左大腿部に激突したことにより生じたものと考えられること、以上の事実を認めることができ<る。>

原告は、原告が本件事故により受けた左膝挫創の傷害は本件ブランコの座席部分の下部の止め金具の先端の一部が左膝に接触して生じたものであると主張し、原告法定代理人高橋順年もこれにそう供述をしている。そして、検証の結果によれば、本件ブランコの各座席部分の下部には座席部分下端に底板を連結するための止め金具が各三個ずつ外側に数センチメートル突き出していることが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、原告の左膝挫創の傷害は左膝前面に1.5センチメートルの皮膚損傷が認められるという程度のもので、その形状を明らかにするに足りる証拠はなく、これに特別の治療がされたことも認められない。そうすると、右傷害は、極めて軽微なもので、原告が本件事故により本件ブランコから地上に転落した際地面との接触により生じたものとも考えられ、右傷害が前記止め金具との接触によつて生じたものである旨の<証拠>はにわかに措信しがたく、他に右傷害が右止め金具との接触によつて生じたものと認めるに足りる証拠もない。

二ところで、原告は、本件ブランコは質量が大きく、かつ、その振幅が約一八〇度にもなるため、位置エネルギーが大きく、これを利用する児童を振り落とす可能性のある構造上危険な遊具である旨主張する。

そこで検討するに、本件事故は、前記認定のように、原告が友人二名とともに本件ブランコの座席部分の背もたれ上端のパイプの上に足を掛けて立ち、座席部分上方のパイプを両手でつかみ、座席部分を弾みをつけて強く振り動かすという方法によつて操作したことにより発生したものである。そして、本件ブランコの座席部分を含む本体部分の重量が約四五キログラムであること並びに<証拠>によれば、本件ブランコは、右のような方法によつて操作された場合には、次第に座席部分の振幅が大きくなり、かつ、その移動の速度が加速されて、ときには、これを操作する者が身体のバランスを失つて振り落とされたり、更には、その際加速されて移動している座席部分と衝突したりして負傷するなどの事故を惹起するおそれがあることは否定することができない。しかし、本件ブランコは、前記認定のように、座席部分に腰掛けるか又はせいぜい底板の上に立つて本体部分を前後に揺り動かして遊ぶための遊具であり、このことは、本件ブランコの外観及び形状からいつて、これを利用する幼児、児童にも容易に理解しうるものと解される。したがつて、原告が本件事故の際に採つた遊戯方法は、本件ブランコの本来の遊戯方法とは異なる遊戯方法であつたというべきである。しかも、本件ブランコは、右のような本来の遊戯方法と異なる遊戯方法によつて操作された場合に常に本件事故のような事故を惹起するというわけのものではないし、また、これを利用する子どもたちにおいて座席部分の振幅と速度が大きくなりすぎないように調節することがそれほど困難なものであるとも認められない。そうとすると、子どもは往々にして遊具について本来の遊戯方法と異なる遊戯方法を採ることがあることを考慮しても、本件ブランコを原告が本件事故の際に採つたような遊戯方法によつて操作した場合にときとして本件事故のような事故が起こるおそれがあることをもつて本件ブランコに構造上の瑕疵があるということはできないものというべきである。なお、付言すれば、一般的には安全であるとされている遊具であつても、もとより絶対的な安全性を保障されたものではなく、ときには不幸にして事故が発生することを避けることができない。そして、このような不幸な事故は、本件ブランコのような遊動遊具の場合により多く発生する傾向にあることも否定することができない。また、右の遊具が複数の子どもが同時に操作するもの(本件ブランコもこれである。)である場合、これを安全に操作するためには全員が協同して操作することが必要であり、協同関係がうまくいかないときには、事故が発生することにもなりかねない。しかしながら、子どもは、このような遊具による遊びを通じて、あるいはそれから生ずるかも知れない危険を予知しそれを回避する能力や知恵を身に付け、あるいは一定の目的のために協同することの重要性を体得してゆくのである。したがつて、多少とも事故の発生するおそれのある遊具をすべて構造上瑕疵があるものとしてその設置を許さないとすることは、子どもたちから右のような貴重な体験の機会を奪うことになり、決して当を得たことではない。このような点を考えれば、本件事故は、原告にとつては誠に不幸な事故ではあるが、前示のとおり、本件ブランコに構造上の瑕疵があるとまでは言いがたいのである。原告は、安全ブランコによる事故が多発しており、地方公共団体においては公立の公園には安全ブランコを設置しない方針を採るところが多くなつていると主張する。しかし、他の態様の事故はともかく本件事故のような態様の事故が安全ブランコにより起きたことを認めるに足りる証拠はない。また、<証拠>によれば、地方公共団体においては近年公立の公園に安全ブランコの設置を差し控えているところもあることが認められるが、それが本件事故のような態様の事故の発生を理由とするものであると認めるに足りる証拠もない。そうすると、原告の右主張も、前記判断を左右するに足りない。

そうすると、被告が前記のような本来の遊戯方法と異なる遊戯方法によつて操作された場合にはときとして前記のような事故を起こすおそれのある本件ブランコを本件児童公園に設置し、現にこれを所有かつ占有しているからといつて、その設置、保存に瑕疵があるとも過失があるとも認めることはできない。

三原告は、また、本件ブランコから転落してこれに接触しても衝撃を緩和するよう遊具自体を鋭角的なものではなく鈍角的なものにすべきであるのに本件ブランコの下部には突起状の止め金具が付いていたこと及び本件ブランコの底部と地面との間隔が約二〇センチメートルしかなかつたことを本件ブランコの設置の瑕疵ないし過失として主張する。しかし、本件事故の態様は前記のとおりであり、右止め金具の存在が原告の本件事故による傷害の原因になつたものと認めえないことは前示のとおりであり、本件ブランコの底板と地面との間隔が本件事故及びこれによる原告の傷害となんらの関係もないことも明らかである。したがつて、原告の右主張も理由がない。

四原告は、更に、本件ブランコについてその安全な使用方法が公示されていなかつたからその設置について瑕疵ないし過失があると主張する。しかし、前示のとおり、本件ブランコは、その外観及び形状から幼児、児童にもその本来の遊戯方法は容易に理解しうるものであるし、また、原告が本件事故の際に採つたような遊戯方法により本件ブランコを操作した場合にはときとして本件事故のような事故を起こすおそれがあることもいまだ本件ブランコの構造上の瑕疵とはいえないことにかんがみると、本件ブランコについて原告主張のような公示方法が採られていなかつたからといつて、その設置に瑕疵ないし過失があるものということもできない。<以下、省略>

(石井健吾)

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